山谷えり子氏は、民主党にいたのに、いまは安倍晋三の補佐官を、
やっているけれど、いつのまに自民党に入ったんだ?
と思っていらっしゃるかたも、いると思います。
このあたりのいきさつを、「民法改正運動の展開」に、
わたしはまだ、ぜんぜん書いていないので(苦笑)、
ここで簡単に、お話しておくことにします。
約3ヶ月にわたる議論ののち、民主党では、
民法改正賛成の選挙公約は、維持されることになりました。
それでも、山谷氏をはじめ、反対派議員たちは、
「夫婦別姓を慎重に考える会」なるものを作って、
そののちも、活動を続けていました。
直接の原因は、9月の補選の大敗でしたが、
02年12月、代表が、鳩山氏から管氏になりました。
これで、いよいよ、不満が高まってきたのでしょう、
山谷氏をふくめた一部の議員が、ついに民主党を離党してしまいました。
(おそらく、この理由には、民法改正の党議拘束が、
はずされないことも、あっただろうと思います。)
「山村・熊谷・佐藤(敬)・金子・山谷議員を党除籍」
「江崎議員の党除籍処分を決定」
これらの人たちは、保守新党を作り、連立与党に参加しました。
「政権交代を前にした与党への鞍替えは残念」と、
管代表に惜しまれたものの、民法改正、選択別姓に反対して、
党内に混乱をきたした一派がいなくなって、
安定することにもなりました。
それから1年後、03年11月の衆議院総選挙で、
山谷えり子氏は、落選してしまいました。
保守新党自体、大敗して党存続の危機におちいり、
(9議席から4議席になり、代表になった熊谷氏も落選)
そのあとしばらくして、自民党に合流してしまいました。
さらにつぎの年ですが、山谷氏は、04年7月の参議院総選挙で、
あらためて自民党から出馬して、こんどは当選しています。
03年11月の総選挙では、高市早苗氏も落選して
いなくなっていたこともあって、このころから、
山谷氏は、民法改正反対派や、バックラッシュたちに、
英雄のように、見られていくようになりました。
2006年12月05日
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Weblog: きまぐれな日々
Tracked: 2007-01-20 14:54



ナナナナナント!参議院法制局から「きまぐれな日々」にアクセス受けちゃいました。
以下に晒します。
> ★ Mon 25 Dec 2006 06:16:05 PM JST
> ■前回訪問:Mon 25 Dec 2006 06:16:05 PM JST
> ■初回訪問:Mon 25 Dec 2006 06:16:05 PM JST
> ■訪問回数:1
> ▼ ドメイン
> gw52.sangiin-sk.go.jp
> ▼ OS・ブラウザ・解像度/同時発色数
> Windows XP
> Internet Explorer 6
> 1024x768 16bits (TrueColor)
> ▼ リンク元URL
[参考]
http://d.hatena.ne.jp/washita/20061006#p2
私の記事が「Google八分」にされてしまわないかシンパイです(笑)。
ここに、コメントするということは、やっぱり山谷えり子を疑っているのね。(笑)
衆参両院からのアクセスは、まだブログのアクセス累計が3桁だった頃から受けています。まだ読者のほとんどいなかったうちから、目ざとくチェックを入れる彼らの調査能力は、やっぱりたいしたものです。
でも、参議院法制局からアクセスを受けたのに気づいたのは今回が初めてです。
以前と違って、アクセスをチェックできるのはほんの一部だけなので、気づかないうちにどんなところからアクセスを受けているか把握はできていませんけどね。
一度、最高裁からアクセスを受けた時はビックリしましたが、何の変哲もない検索語(もちろん法律用語)を用いた検索でした。
そうでした。(笑)
わたしのメインサイトも、参議院からのアクセスが、
たまにあったんだけど、最初見つけたときは、
福島瑞穂さんか、あるいは民主党のだれかかな、なんて思っていたよ。