歴史的大敗を喫したのは「中道」を標榜したからだ、
という分析を、少しだけ紹介しました。
「第51回衆院選総括試論」
第51回衆院選総括試論https://t.co/wrPOYjn2Bi
— 三春充希(はる)⭐未来社会プロジェクト (@miraisyakai) March 8, 2026
前に書いたこれ、本文は今も公開にしてあるので、まだ読んでない方はよければご覧くださいね。政党関係者の役にも立つと思います。いずれまた書きますから。https://t.co/wrPOYjn2Bi
— 三春充希(はる)⭐未来社会プロジェクト (@miraisyakai) April 14, 2026
未来社会プロジェクト・三春充希氏の分析を見ると、
どのような政策や政治的立ち位置が
「中道に傾いた」と思われて大敗をまねいたのか、
具体的にしめされてもいます。
それでは今回、中道がとった政治的立場は
客観的にみてどうだったでしょうか。
立憲の綱領には「原発ゼロ社会を一日も早く実現します」(出典)
という文言がありますが、中道の基本政策に載ったのは
「地元の合意が得られた原発の再稼働」(出典)でした。
立憲はこれまで安保法を違憲であるとして、
「違憲部分を廃止する等、必要な措置を講じる」(出典)
として選挙に臨んできた事実がありますが、
中道は「平和安全法制(安保法)が定める
存立危機事態における自国防衛のための自衛権行使は合憲」(出典)
という表現をしています。
安保法に関しては、条文の一部が違憲であるという
主張も新党では認めないということを、
当時の立憲の幹事長だった安住淳氏が述べています(出典)。
「原子力政策」と「安全保障問題」です。
中道改革連合は、これらふたつの政策に関しては、
立憲民主党の立ち位置を引き継がなかったのでした。
「原子力政策」と「安全保障問題」で、
中道改革連合は立憲民主党から断絶していること、
連続性、一貫性が断ち切られていることは、
記事のあとのほうでも指摘されています。
けれどもそれは、衆院の立憲が自ら選んだことなのです。
原発ゼロ社会を一日も早く実現するということも(綱領を参照)、
安保法を違憲であるとして、その違憲部分の廃止を掲げて
去年までの選挙に臨んできたことも(これまでの選挙政策を参照)、
中道には引き継がれませんでした。
公明と中道に連続性がある一方で、
立憲と中道にそれはないのです。
このように党の一貫性を自ら断ち切っておいて、
支持者が黙ってついてくると立憲側が
考えていたとしたら、そこには大きな勘違いが
あったと言わざるを得ないでしょう。
原子力政策と安全保障問題に関しては、
自民党のオルタナティブサイドの政党は、
容易に立ち位置を動かしてはならない、
少なくとも右にシフトしてはならない、
ということになるようです。
この「原子力政策と安全保障問題が重要」に関しては、
いろいろと思うところがあります。
これは稿をあらためてお話したいと思います。
付記:
立憲民主党と中道改革連合とのあいだで、
立ち位置の連続性、一貫性が断ち切られたことに
関しては、個別の政策以外にも
重要なことが指摘されています。
これも稿をあらためてお話したいと思います。



中道とは右でも左でもなく真ん中と解釈されそうだが、創価学会としての中道とは政治的意味合いの中道でなく、肉体か?精神か?のどちらにも偏らないことをもって中道としているー
池田大作氏の著書から、そのような意味なのだと解説していますね。
しかし斎藤代表は自民党総裁選前に「私たちの保守中道の理念に合う人が総裁に選ばれなければ連立は維持できません」
と述べていました。
つまり、斎藤代表は創価学会が意味する中道でなく、政治的な意味で中道という言葉を用いていたことは明らかです。
しかし、その後では保守という言葉は消えて、かといって左派・リベラルでもなく中道改革と名乗りました。
そして「中道とは人間中心である」と言い出しました。
どうせ混乱するのであれば、
I am who I am(私は私である)くらい弾き切ってしまったほうが少しはマシだったかもしれませんね。