「戸籍制度」という日本独特の身分登録制度に
ついて取り上げられています。
「「戸籍制度」は世にも珍しい管理装置 日本の伝統に反する「夫婦同姓」も生んだ〈鴻上尚史の月2回コラム〉 」
「戸籍制度」は世にも珍しい管理装置 日本の伝統に反する「夫婦同姓」も生んだ〈鴻上尚史の月2回コラム〉https://t.co/HJpZJvg9uB
— 東京新聞デジタル (@tokyo_shimbun) May 16, 2026
東京新聞デジタル
「戸籍制度」は家族単位の身分登録です。
これは世界的にはきわめて珍しいものです。
世界中のほとんどの国は身分登録は個人単位です。
「戸籍制度」は世界広しといえども、
日本にしかない身分登録システムと言えます。
この点に関しては夫婦同姓の強制と
同様と言えるかもしれないです。
韓国は、2008年に戸籍制度を廃止して、
「家族関係登録制度」という個人を単位とした制度に移行しました。
台湾の「戸籍制度」や中国の「戸口制度」とも、
日本の「戸籍制度」は違うようです。
欧米は、もちろん、個人単位です。
近代日本国家の支柱は、「家制度」だったと著者は書きます。
「『家』を主眼として国民を統合するという
思想から『国体』という独特の観念が生まれた」
近代以降の日本は、「戸籍制度」は
イエ制度を支える仕組みとして機能しました。
「イエ制度」とは言わずとしれた
男性の家長を中心とする家族制度です。
「イエ制度」は、国家が国民全体を
管理するために導入され普及していきました。
悪名高い夫婦同姓の強制も、
イエ制度とむすびついて導入されました。
「日本で夫婦同姓になった起源」
このあたりのことは、このブログを
ご覧になるかたは、よくご存知かもしれないです。
第二次世界大戦後、GHQは日本の
「イエ制度」を問題にします。
日本が軍国主義につき進んだのは、
「イエ制度」があるからだと考えたからです。
その「イエ制度」をささえる「戸籍制度」も
とうぜん問題となります。
GHQは戸籍制度を家族単位から個人単位に
あらためるよう司法省にもとめました。
戦後、GHQは当然のように、「家制度」を問題にしました。
日本が軍国主義に突き進んだのは、
「戸籍制度」が保証する「家制度」が
あるからだと判断したのです。
GHQは、1947年、戸籍制度を家族単位から
個人単位に改革してはどうかと司法省に求めました。
「『家』の登録簿である戸籍を個人単位にすることは、
戸籍の廃止を意味するに等しい」
「このGHQからの要望に対し、司法省はいかに応じたか。
その回答を要約すると次のごとくであった。
その司法省がどう答えたのか、
残念ながらそのさきは会員登録しないと
読めないようになっています。
このコラムは『戸籍の日本史』(遠藤正敬著 インターナショナル新書)に
インスパイアされたもののようなので、
この本を見ればわかると思います。
「戸籍を個人単位にしろ」という
GHQの要望に対する司法省の回答は
どんなだったのか、よりくわしいことが
わかればお話するかもしれないです。



60代の女性が、夫は人権意識がすごく高い。
結婚するときの結婚指輪。
夫は「結婚指輪は元来、奴隷の印として用いられたもの。
あなたを奴隷にするつもりもなければ所有物にするつもりもない。
だから結婚指輪なんてナシだ」と。
人権意識は大切だが女心を分かって欲しかった。
結婚指輪は自分で買った。まあ、それも今ではいい思い出になっているー。
ということですが、失礼ながらこの夫という人は当時としても古臭く面倒臭い男ですね。
ざらに人権意識ですらありません。
この女性が言っている「女心」というのは奴隷や所有物になりたいという意味でなく、古い歴史や起源は知らないが、少なくとも今の日本において結婚指輪に奴隷・所有物という解釈はない。
いつの時代のどの国の話を持ち出しているの?馬鹿ですか?
と言いたかったのでしょうね。
でも、そう言えなかったという意味において逆に男尊女卑になっています。
つまり、この男は進歩的だと思い込んでいるが逆に古代の意識を持ち続けている馬鹿であるということです。
こういう男が今の日本に存在すること自体、日本の恥です。
こういった人権意識の勘違い、進歩的であるという間違えた自惚れが左派・リベラルを貶めているという側面も知ってく必要があると思いますね。
こちらにコメントありがとうございます。
反対派(非共存派)の固執する
夫婦同姓の強制は、戸籍制度とわかちがたく
結びついていることはたしかです。
上述のコラムを見ると、明治時代に
戸籍制度を整備したときにも、夫婦同姓との
関連はすでにあったみたいですが。